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横浜地方裁判所 平成2年(行ク)4号 決定

申立人

株式会社ランドワーク

右代表者代表取締役

佐藤武男

右訴訟代理人弁護士

鈴木孝夫

被申立人

神奈川県知事

長洲一二

主文

本件申立てを却下する。

申立費用は申立人の負担とする。

理由

一本件申立ての趣旨は、「被申立人が申立人に対して、平成二年六月一八日にした宅地建物取引業免許(昭和六三年一一月五日神奈川県知事免許(1)第一七一一三号)の取消処分は、本案判決の確定まで、その効力を停止する。」との決定を求めるというものである。

二申立人は、本件処分が違法である理由として、次のとおり主張する。

1  記録の事前閲覧謄写の機会の欠如

(一)  宅地建物取引業法(法)六九条一項は、同法六六条(免許の取消)の規定による処分をする場合には、あらかじめ公開の聴聞を行い、当該宅地建物取引業者に対して「釈明及び証拠の提出の機会を与える」ことを義務付けている。そして、このように、行政処分に先立ち、釈明の機会を与える聴聞を行う場合には、事前に当該処分の根拠とすべき文書の事前閲覧謄写の機会を与えることは、適法手続の保障として当然である。すなわち、行政上の聴聞手続は憲法三一条に由来し、同条にいう「自由を奪われ」なる文言には財産権の侵奪も含まれること、同条が米国憲法修正五条、一四条の「適法手続」に由来するものであることから、法六九条一項の「釈明及び証拠提出の機会」の解釈にあたっても、右適法手続に関する論議の集積を反映させるべきである。行政庁がいかなる証拠に基づいて処分をしようとしているかを知るために、証拠の提示を受け、閲覧し、書証を謄写する権利は、聴聞手続の実質的保障の一支柱であると解すべきである。

(二)  しかるに、本件においては外形上二回にわたる聴聞手続がなされてはいるが、いずれも記録の事前の閲覧又は謄写を全く封じたまま強行されたものであり、申立人に「釈明の機会を与えた」とはいえないものである。本件では企業の生命を奪うに等しい営業免許の取消処分が、ほとんど関係者(いわゆる被害者)の供述によってのみなされようとしているが、かかる供述を記載した文書の全部を申立人代理人の目にさらすことなく、釈明があれば釈明せよというやり方は乱暴きわまるものであり、関係者のプライバシーは閲覧謄写拒絶の正当な理由とはならない。

2  聴聞にかかる通知の不備

被申立人の平成二年六月一八日付け神奈川県指令建指第二一三号は、本件処分の通告書であるが、その通告書は、末尾において「法に基づく本県指導に従わず、違法行為を反復継続している。その他諸般の事情に照らし、情状が特に重いと認められる」と断定している。しかし、これに相応する処分理由は、平成二年四月二七日付け「宅地建物取引業法第六九条の規定に基づく聴聞について(通知)」(通知書)には記載されていない。通知書に記載されているのは業務停止にかかるものであり、それらを総合して情状が重い免許の取消事由にあたるというのならともかく、通知書に全く掲げられていない「反復継続、その他諸般の事情に照らし、情状が特に重い」から取消事由にあたるというのでは、全く不意打ちである。この「反復継続の違法行為」については、何を指すのかも明らかにされず、また、聴聞の機会も与えられずに処分がなされたと言う以外にない。

三本件記録によると、被申立人は、申立人に対し、平成二年六月一八日付けで宅地建物取引業免許(昭和六三年一一月五日神奈川県知事免許(1)第一七一一三号)の取消処分(本件処分)をしたことが一応認められ(〈証拠〉)、また、申立人が、被申立人を被告として、当裁判所に対し、本件処分の取消の訴えを提起し(当裁判所平成二年行ウ第一〇号)、現在審理中であることは、記録上明らかである。

四さらに本件記録によると、次の事実が一応認められる。

1  申立外株式会社ランディックス(ランディックス)は、昭和六三年一二月二八日、宅地建物取引業免許の取消処分を受けた(〈証拠〉)。ランディックスは右取消処分を不服として、横浜地方裁判所に対し、平成元年一月九日付け訴状をもって右取消処分の取消請求訴訟を提起し(〈証拠〉)、同月二六日付けで執行停止の申立てをしたが(〈証拠〉)、右申立ては同年二月二七日に却下され(〈証拠〉)、これに対する即時抗告は同年五月三一日に棄却され(〈証拠〉)、特別抗告も同年九月二一日に却下された(〈証拠〉)。本案訴訟については、ランディックスが期日を懈怠して休止となり、休止期間満了により、平成二年六月、訴訟終了となった(〈証拠〉)。

2  神奈川住建株式会社は、昭和六三年七月二六日、杉野健二他二名によって設立されたものであるが(〈証拠〉)、平成元年一月一九日、取締役会において、彦坂明美他一〇名からの発行済株式全部の譲渡を承認し(〈証拠〉)、翌二〇日、一名の株主が全株式を所有するとして、その株主のみが出席する株主総会を開催して役員の改選を行い、従前の役員は辞任して、新しく松村靖幸(松村)他二名の取締役、監査役一名を選任し(〈証拠〉)、同日、取締役会において、松村を代表取締役に選任した(〈証拠〉)。さらに同月二三日、商号を株式会社ランドワークに変更する旨の定款変更決議、同月二五日、本店所在地を大和市から茅ケ崎市茅ケ崎二丁目六番三〇号に移転する旨の定款変更決議をそれぞれ行い(〈証拠〉)、同日、取締役会において、翌二六日をもって右場所に移転して営業を行う旨の決議をした(〈証拠〉)。

その後、申立人は、被申立人に対し、同年三月二日、松村美佐を同年二月一〇日付けで採用した旨を(〈証拠〉)、同年三月二四日、大塚雅昭を同月一五日付けで採用した旨を(〈証拠〉)、同年四月六日、古賀信寛を同月一日付けで採用した旨を(〈証拠〉)、同年六月五日、岡崎福造を同年五月二六日付けで採用した旨を(〈証拠〉)、それぞれ届け出た。

3  申立人の代表取締役に選任された松村は、ランディックスにおいては経理部長の地位にあり(〈証拠〉)、従業員として採用された松村美佐及び大塚雅昭はいずれももとランディックスの従業員であり(〈証拠〉)、また、古賀信寛はランディックスの代表取締役の地位にあったところ、申立人の営業第一部長に就任しており(〈証拠〉)、岡崎福造はランディックスにおいては営業本部長の地位にあったところ、申立人においても営業本部長に就任したものである(〈証拠〉)。

申立人の本店所在地は、茅ケ崎市茅ケ崎二丁目六番三〇号であるが、ランディックスの茅ケ崎支店も同所にあったものであり(〈証拠〉)、申立人は、ランディックス茅ケ崎支店の店舗を転用している(〈証拠〉)。

4  申立人の業務については、平成元年六月から一二月にかけて、顧客から紛争及び苦情の申立てが相次いだので(〈証拠〉)、被申立人の事務担当者たる神奈川県都市部建築指導課宅建指導班(宅建指導班)が、指導を行っていたが(〈証拠〉)、被申立人は、同年一〇月二五日付けで、法を遵守した営業を行うよう、法七一条に基づいて勧告し(〈証拠〉)、平成二年二月一五日を指定して、法七二条による報告を求めた(〈証拠〉)。

右報告の後にも、同年四月から六月にかけて紛争及び苦情の申立てがあったので(〈証拠〉)、被申立人は、法六九条の規定による聴聞を実施することとし、同年四月二七日付けで、申立人に対し、同年五月一四日午後一時から聴聞を行う旨の通知をし(〈証拠〉)、同月二日付け神奈川県公報により聴聞の期日及び場所を公示した(〈証拠〉)。

5  申立人は、同月一一日、弁護士三野昌伸及び同鈴木孝夫を代理人として、宅建指導班を訪問させ、その所持する相談者の申立記録の閲覧及び謄写を求めたので、宅建指導班は、閲覧及び謄写は認められないが、聴聞対象事項の概略については口頭で説明する用意がある旨回答し、同日午後五時ころから、聴聞において行う予定の質問に沿って口頭で説明したところ、聴聞対象七事案のうち第一事案についての説明が終了した午後七時ころ、両弁護士は、その余の事実については説明不要として退席した(〈証拠〉)。

6  宅建指導班は、同月一四日、聴聞を開催したところ、弁護士三野昌伸、同鈴木孝夫及び申立人営業第一部長古賀信寛が申立人代理人として出席した。

申立人代理人らは、宅建指導班の質問に先立ち、「はじめにお願い」と題する文書(〈証拠〉)、求釈明書(〈証拠〉)及び証拠説明書(〈証拠〉)を提出し、「はじめにお願い」と題する文書で、書証の事前の閲覧謄写の機会を与えるよう求め、陳述書類全部、従前の申立人提出の報告書、宅建指導班作成の陳述録取書類の閲覧謄写をさせてほしい旨述べた。宅建指導班は、個人のプライバシー保護及び公開を前提として入手・作成していないことを理由にこれを拒否したが、申立人代理人らの陳述に必要な部分については、その都度内容を明らかにし、また、求釈明書についても、質問に沿って回答する旨答え、申立人代理人ら同意の上で聴聞を開始した。

宅建指導班は、申立人代理人らの求めに応じ逐一回答し、申立人代理人らの陳述が十分行えるよう配慮しつつ聴聞を実施し、聴聞は午後一時から同六時まで五時間にわたった。この間、申立人代理人らは、協議のため会場外へ再三退席したが、宅建指導班はこれを制限せず、十分な陳述が行えるよう配慮した。

当日は、予定していた七事案のうち第一事案終了の時点で、鈴木弁護士から、所用によりこれ以上聴聞を継続することはできない旨の申し出があり、残りの事案については同月二四日に聴聞を続行することとして(〈証拠〉)、第一回の聴聞を終了した。宅建指導班は、その質問に対して申立人代理人らが口頭で回答した要旨をまとめて記載したうえ、申立人代理人らの確認を取り、聴聞調書を作成して、申立人代理人らの署名押印を求めたところ、同人らは、急用のため退席するというので、聴聞の続行期日において署名押印するということで合意し、聴聞を終了した(〈証拠〉)。

右聴聞期日において、宅建指導班は、申立人の求めに応じて、相談者の申立内容の一部を読み聞かせ、売買契約書を提示し、申立人提出の報告文書を閲覧させた。また、申立人は、契約書、関係書類等を持参し、それを参照しながら釈明を行った(〈証拠〉)。

7  平成二年五月一七日、宅建指導班は、申立人代理人両弁護士に対し、法七二条に基づく事情聴取において申立人が行った報告を記録した調書、同事情聴取において申立人から提出された書面及び申立人会社古賀信寛作成の取引経過報告書を手交した(〈証拠〉)。

8  宅建指導班は、同月二四日午後一時から聴聞を続行した。申立人は、第一回聴聞と同じ三名の代理人を出頭させた。申立人代理人らは、聴聞に先立ち上申書(〈証拠〉)を提出し、各利害関係人の供述書、供述録取書ないし問答集の事前閲覧を要求し、事前の閲覧謄写の要求に応じない手続は違法であると主張した。宅建指導班が事前閲覧を拒否したところ、申立人代理人は、右上申書を読み上げ、同月一四日に開催された聴聞における申立人の陳述を記録した聴聞調書と、質問を拒否する旨記載された継続聴聞調書に署名押印し、右上申書を提出した後、退席した(〈証拠〉)。

9  被申立人は、申立人に対し、五月二八日付けで、同月二四日の聴聞において予定していた質問事項を記した書面を送付し、同年六月四日までに回答及び証拠の提出をするよう求め(〈証拠〉)、同年五月二九日付けで、同月一四日の聴聞時に申立人から提出された求釈明書記載の質問事項(同日終了した事案に関するものを除く)に対し文書で回答した(〈証拠〉)。

しかし、申立人は、被申立人に対し、証拠の閲覧謄写の機会を与えるよう求め、右回答を拒否した(〈証拠〉)。

10  被申立人は、平成二年六月一三日、神奈川県宅地建物取引業審議会に対し、申立人の行政処分を諮問したところ、同日、免許取消処分を相当とする答申を得た(〈証拠〉)。

五当裁判所の判断

1 申立人は、前記二のとおり本件処分が違法である理由を述べるほか、執行停止申立書「申立の理由」において、「有効な聴聞手続きを欠いたが故の当然の帰結というべきか、相手方が本件処分の理由として掲げる本件処分通知書記載の各事実は、全く真相と異なるものであり、本件処分はその誤認した事実に立脚するものであり、取消を免れないものである。」と主張し、また、準備書面(申立人その一)において、本件処分に至った被申立人の事実認定の一部に反論するので、順次検討する。

2  申立人主張の違法事由1について

(一)  行政上の聴聞にも種々の類型のものがありうるが、宅地建物取引業法が定める類いのそれは、行政処分によって不利益を受ける者(被処分者)に、予め弁明の機会を与えて十分その主張と立証をつくさせ、処分の根拠とされるべき自己に不利益な資料等につき反駁をさせることによって、行政庁が事実誤認や独断により誤った処分をすることがないようにすることを目的とする。したがって、行政庁がかかる聴聞を行うにあたっては、処分理由の存否につき、被処分者が実質的に釈明と証拠提出ができるよう配慮すべきは当然であり、殊に本件におけるように、営業免許の取消処分をしようとする場合の事前手続として聴聞を行うときは、それが国民の職業選択の自由にかかわるものであるから、いやしくも行政庁の独断を疑うことが客観的にもっともだと認められるような不公正な手続を採ってはならないことは、いうまでもない。そして、被処分者が実質的に釈明と証拠提出の機会を与えられたといえるためには、そこで問題となっている処分理由と、処分の根拠とされるべき証拠資料の実質的部分が、被処分者に告知されていることが必要である。法六九条第二項が、当該宅地建物取引業者等に対して、聴聞の期日及び場所とともに、処分をしようとする理由をも予め通知するよう規定しているのも、かかる趣旨に出るものということができる。したがって、聴聞手続につき、制定法規に具体的な規定がないからといって、その実施方法が行政庁の自由な裁量に委ねられているものと解することはできず、そこには自ずから前記趣旨に基づく制約があるものというべきである。

(二)  このことは、聴聞手続の一環である記録ないし行政庁の手持ち資料の事前閲覧謄写の問題についても妥当し、行政庁は、聴聞が法定されている趣旨を実質的に全うするよう配慮しなければならない。

しかしながら、記録ないし行政庁の手持ち資料を閲覧謄写させることは、被処分者の利益保護・権利救済に資する一方、情報提供者のプライバシー、公務の迅速処理ないし秘密保持等、他の法益と衝突する場合も少なくない。すなわち、処分に至るまでに行政庁においては相当の量の情報が収集・蓄積され、その有する記録もまた相当の量にのぼるものと推測されるが、その中には情報提供者のプライバシーに関するものも含まれ、公開が不適当なものも存在すると解され、さらに、情報提供者と被処分者との間に将来訴訟が係属することも予想されるところ、記録の閲覧謄写を許すことにより、処分庁が訴訟以前の段階で、訴訟上の手段によることなく、一方的に情報提供者の手持ち証拠を開示する結果となり、情報提供者に損害を与えるおそれも否定できない。また、記録中には必ずしも処分に直接必要でないものも含まれており、そのすべての閲覧謄写をすることによっていたずらに時間を浪費し、処分の遅延を招くおそれなしとしない。

したがって、被処分者は、この種聴聞において、記録ないし行政庁の手持ち資料の実質的部分については、その閲覧謄写を要求しうるとしても、それ以上にその全部の閲覧謄写を当然に要求しうるものではない。そして、実質的部分を越えて記録等の閲覧謄写を許すか否か、許すとしてその範囲をどうするかについては、第一次的には行政庁の裁量にゆだねられているものと解すべく、記録等の閲覧謄写が許されなかったがために、実質的にみて被処分者に釈明及び証拠提出の機会が与えられなかったと認められない限り、聴聞手続に瑕疵があったということはできない。そして、憲法三一条は、そもそも行政手続にも妥当するものであるか否かが大いに問題であるうえ、仮にこれを肯定したとしても、記録等の閲覧謄写につき、これまで述べてきたこと以上の意味を含むものではない。

(三)  そこで、本件において、実質的にみて申立人に釈明及び証拠の提出の機会が与えられたといえるか否かについて検討するに、通知書には、本件処分の対象となるべき事実関係が相当具体的に記載されており(〈証拠〉)、申立人は、事前にいかなる事実について聴聞が行われるかを知ることができたと認められること、聴聞における質問中には、問題点に関する事実関係が具体的に盛り込まれており(〈証拠〉)、処分事案に関する情報提供者(申立人の顧客あるいは被害者)の言い分も必要な範囲でその要点を推知しうること、さらに右四において認められる事実経過に照らせば、本件において、被申立人は、申立人に対し、十分な釈明の機会を与えるべく必要な措置をとったものと認められ、申立人に釈明及び証拠の提出の機会が与えられていなかったと解することはできない。

3  申立人主張の違法事由2について

通告書の「法に基づく本県指導に従わず違法行為を反復継続している、その他諸般の事情にてらし」という部分が通知書に記載されていないことは、申立人の主張するとおりであるが、通知書には「貴社の行為は、法六五条第二項第二号及び同項第五号に該当し、情状が特に重いと認められる。このことは、法第六六条第九号に該当する。」と記載されており、通知書に記載された業務停止事由を総合して情状が特に重いということを取消事由としていることが明らかであるから、本件処分の主たる理由は通知書記載の事案にかかるものであると認められ、また、右四において認定した事実経過に照らせば、不意打ちの聴聞がされたと言うことはできない。

4  しかして、〈証拠〉によれば、申立人には、法六五条二項二号及び五号に該当する事由があり、その情状は特に重いことが一応認められる。

5  以上のとおり、本件処分は適法であって、申立人の本件申立は、行政事件訴訟法二五条三項後段の「本案について理由がないとみえるとき」に該当するものということができるから、進んでその余の点につき判断するまでもなく、これを却下することとし、申立費用の負担について同法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官佐久間重吉 裁判官辻次郎 裁判官伊藤敏孝)

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